れいちゃんのひとりごと 2004年4月〜12月 
 
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2004年12月19日(日) 「結果よりプロセス」を大切に
2004年12月11日(土) れいちゃんは再び・・・
2004年12月8日(水) 私の青春ドラマ
2004年12月3日(金) フィーバーするのはほどほどに
2004年12月2日(木) 趣味を探そうかな
2004年12月1日(水) 賢い主婦にならなくちゃ
 
2004年11月29日(月) 「相乗り」から教えられた事
2004年11月28日(日) 家族と過ごす年末
 
2004年8月21日(土) 24時間テレビに「夢」について投稿
 
2004年6月7日(月) 文字での会話は難しいかな?
 
2004年5月23日(日) オルゴールの部屋を作るぞ!
2004年5月22日(土) やったぜ!金玉シールだ
2004年5月19日(水) 天使のくれた贈り物
2004年5月17日(月) 梅雨の走りかいなあ
2004年5月12日(水) 「甘いささやき」って知ってますか?
2004年5月8日(土) 生徒が弾いてきた「エースをねらえ」
2004年5月7日(金) ちょっとつっこみたくなる出来事
2004年5月5日(水) 子供の日に思うこと
2004年5月4日(火) くーちゃんは本当にモルモット?
2004年5月3日(月) やきそばと、おもしろい友達
2004年5月2日(日) アボンリーへの道を見て感動
2004年5月2日(日) 今日から日記をつけることにしました

2004年12月19日(日)
「結果よりプロセス」を大切に
 私のお仕事はピアノの先生でありますが、かれこれもう26年間、この仕事に携わってきたことになります。ということは、私が2歳の頃から始めていたということになります。・・・・そんなばかなことはある訳ないですよねー。音大生の時から始めていたのですから、年齢が合いませんよねえ。
 これだけ長くやっていると、もうベテランのいきに達しているでしょう、と思われる方も多いのですが、私は万年ひよっ子だと思いながら、子供達と向き合っている訳です。
 私が教え始めた頃の生徒達と今の生徒達とでは、環境も変わり考え方も変わり、回りを取り囲む人間関係も変わってきている事をひしひしと感じます。
 大人も子供も考え方の上で大きく変わったと思えるのは、プロセスより結果を先に求める点です。何かを習得するためには、そこに行くまでにやらなければならない事がある。ピアノを習うとすれば、毎日ピアノと向き合い、時間があれば少しでも曲を弾き、指を動かし練習するという作業をしなければなりません。しかし、私も気持ちは理解できるのですが、今の子供達は反復するという事がどうもお好みでないのです。
 練習するイコール、何度も何度も同じ事を繰り返す、反復する事なのです。しかし、この地味で、ある面ではださーい作業に対して子供達は拒否反応があるというのが現実なのです。
 一時代前の子供達には、それが何故か身についていました。繰り返す事で自分のものになる、これはピアノに限らず勉強においても、しっかりとした信念があるかのように、取り組んでいたものでした。転んでは立ち上がりまた転ぶ、また立ち上がるという事を苦にしなかった理由は、そこから得る喜びがどんなに大きいものであるかを知っていたからなのです。
 その気持ちが何故今に伝わって来ていないのか。それは前に述べさせて頂いたように、大人も子供も、プロセスより結果を優先することを大切と考えるようになったからだと思うのです。
 例えばピアノの場合なら、練習は全くしない、でも合格をしたい。もしだめのサインがでれば、こんな事やってらんないと投げ出すか、その場で泣き出してしまう。ある程度練習はした。でもまだ間違っている所や不確かな所がある。私はちゃんと弾いてきた。だから合格して当然だ。それでも合格しないのならつまらない。もうやらない。これが子供達の考えの中にあるのではないでしょうか。
 大人の場合でもしかり。「○○ちゃん、今日は合格できたの? あら、丸じゃないの? シールも無いの? だめじゃねー。今度は合格しんさい」 子供の成長を見るよりも、そこに証拠として残る結果や形を先に望むのです。
 しかし残念ながらピアノという楽器は、プロセス無しに結果が現れる楽器では、100パーセントあり得ないのです。なんでこんなつまらないことをやらなければならないんだろうと思う繰り返しの練習こそが、うまくなるための唯一の方法であり、次の段階に達すると、何度か指導者にだめだしをされる事が、うまくなっていく最大のこつなのであります。
 これはピアノだけのことでなく、全てに通じる事だと思います。勉強ができるようになりたい、またはそんなお子さんにしたいとお思いなら、プロセスを大切にする気持ちを育てない限り、結果など付いてくるはずが無いのです。算数なら何度も苦手な問題を解き理解する、英語なら繰り返し発音し単語帳に山ほどスペルと意味を書く。社会ならとにかく何枚もの紙に書きまくりひたすら覚える。これを除いていい成績を望んでも、それはよっぽどの天才でない限り無理な事なのです。
 これを読んで「そんなピアノなんてやだなあ」と思われるかもしれませんが、私達ピアノ教師の務めは、子供達にプロセスの辛さを乗り越えて、素晴らしい大きな喜びを教えることなのです。決してにわか作りの曲を良かったと評価し、嘘で固められた喜びを子供達に教える事ではないのです。
 お父さん、お母さん、どうかその事を勘違いしないで、おけいこごとなり勉強なりを見守ってあげてください。子供達を育てる上においても、幼稚園、小学校、中学校と成長を見守らなければ、大人になる事などあり得ないでしょう。いきなり赤ちゃんが二十歳の青年になるなんて事はないのですから。
 結果が出ない、うちの子には向かないし他の事をやらせればいい。そんなに短期間で結論を出さないでください。ピアノは長ーいスタンスで構えて、時間をたくさん費やしてこその楽器であると思ってください。
 将来の仕事には直結しないかもしれません。しかし人間は仕事のみで生きるものならずではないでしょうか。心にゆとりがあり健康な心を持つ事が、今の世の中大切な事に気付いてください。耐え抜く力を育て丈夫な精神を育てたいと思うなら、音楽は不可欠なものであり、無駄と思える練習こそが役に立つのだということを、もう一度考えてほしいのです。
 やって役に立たないものなど一つもありません。「プロセスより結果」ではなく「結果よりプロセス」という言葉を胸に、もう一度子供達に向き合うこと、子供達の今の姿勢はどうかということを考えてみてはいかがでしょうか。
 
2004年12月11日(土)
れいちゃんは再び・・・
 もうすぐクリスマスがやってきますね。私は今年のクリスマスほどはりきっている年はありません。どんなケーキにしようかと、町に繰り出して選んでこようかなとも考えています。今までチキンはお店のものを買ってきていたのですが、今年は我が家の家族に大人気の秘伝のたれに漬け込んで作る、最高の味の唐揚げを作るつもりです。オードブルにもしっかり手をかけましょうか。コールスローサラダにチーズを使ったおいしい揚げ物。スパゲティーはどのソースにしようかな。締めにはフルーツたっぷりの手作りフルーツポンチはいかが?
 頭の中で考えるとわくわくしてきちゃいます。朝から支度して家族で食卓を囲み、れいちゃんのおいしい手作り料理に笑顔が、ほらね。うふふ?
 私は,料理を作るのが大好きです。独身の頃にはあっちこっちのテレビ番組のお料理メモを作り、それを膨大な量のノートに仕上げ、一つ一つ作っていくということをやっていました。結婚してからそれは、ものの見事に生活に役立ちました。和風から中華風、おやつまで手作りすることは、私の大切な生き生きとした時間でもありました。
 それがここ何年か、なりを潜めていたのです。それを思い出すことも、やる気さえも無くなってしまったのは、忙しいからでも手抜きをしたくなったからでもありません。
 ある事情があり、私は人生においてつらい経験をしました。それまで私の性格はどんな逆境にあろうとも、どんなに血の涙を流すような事があったとしても、いつも太陽に向かって花を咲かせるヒマワリのごとく、上を向いて歩いてきました。苦しいことも喜びに変えて、悪い事が起こっても必ず未来を信じて明日に光を見出す、そんな人生だったのです。ところがその時にもたらされた試練は、私の何もかもを失わせてしまうものだったのです。これはおいおい折りに触れてお話していくつもりですが、今日は詳しい事は書かないので許してくださいね。
 コンサート活動も休み、笑顔は消え、毎日涙が流れます。立ち上がりたい、立ち上がらなければと思っても、自分ではどうすることもできない日々でした。そんな自分と向き合うのはとてもつらかったのです。そんな日々がようやく終わり、今年はまた新たな光が差し込んで、私は不死鳥のように立ち上がることができたのです。失っていたものの一つ一つが、私に舞い戻ってきました。
 このつらい経験は決して自分の人生において無駄な時間ではありません。私を優しくしてくれた、私を成長させてくれた、私を人間の愛に気付かせてくれた、私には掛けがえのない友がたくさんいてくれることに気付かせてくれた、私に大切な家族がいることを教えてくれた、私が人を愛する事を教えてくれた。この試練は、本当に大きな私へのプレゼントだったと心からそう思い、今は感謝で一杯なのです。
 今年はチャレンジするくらい復活した私の、大切なクリスマスだから、お料理に感謝をしながら、昔のように腕を振るえる事の喜びをかみしめつつ、喜び一杯に一つ一つのお料理に向き合って、その幸せを家族みんなで分かち合いたいのです。れいちゃんの人生は、またまたチャレンジ人生へと向かって歩き出しました。泣き虫れいちゃんは感謝のあまり、その日に泣いちゃうかもしれませんね。お料理がれいちゃんの涙でしょっぱくならないように、気をつけようと思っています。
 
2004年12月8日(水)
私の青春ドラマ
 某ラジオ局では今週から、青春ウイークなるものが始まっています。今回のテーマは「懐かしのテレビドラマ」、今日は青春ドラマの特集が組まれていました。
 今頃の若い人たちのそれは、「金八先生」でしょうか。「エースをねらえ」もそうかな? 若い人にはちょっと退屈かもしれませんが、今日は自分の生き方をも決定するかのような、私の大好きな、そして大切な青春ドラマの事について、熱く語りたいと思います。
 金八先生のシリーズてはパートUになりますが、「腐ったみかん」の話です。加藤勝という、どこの中学からも断られるような札付きの問題を抱えた悪が桜中学にやって来ます。先生達は彼の事を「腐ったみかん」と例えていました。彼一人が桜中学に入るだけで全体が染まってしまう。彼は腐ったみかんだから他のみかんまでだめにする、だから早めに取り除いて他のみかんに被害が及ばないようにしようというのです。金八先生は彼を立ち直らせたいと必死の説得をします。涙ながらに「彼は腐ったみかんなんかじゃないんです。納得がいくまで僕にもう少し頑張らせてください」と訴える。
 私はあの時の事を今もはっきりと思い出します。テレビドラマにもかかわらず、自分が職員室で金八先生の話を聞いているのと錯覚するぐらい、引き込まれたものでした。その時に教師になって現場に行き、子供達と向き合いたいと真剣に思い、教員の資格を取る決意をしました。このシリーズを今でも、もう一度見てみたいと思っています。
 もう一つは「熱中時代」です。水谷豊扮する小学校の新米教師、北野広大先生の、子供達と先生達との暖かいふれあい。その中から彼が素晴らしい先生に成長する1年間を描いたものです。
 北野先生は就任して1年で、お父さんが病気になられて、北海道の家の仕事のために小学校を去らなければならなくなるのです。最後に生徒達に一言一言かみしめるように話かけたあと、彼は生徒達を見て「ごめん、先生なー、どうしても北海道へなー」と言ったあと言葉に詰まる広大先生。黒板に大きな字で「さようなら」と書き「みんなで、大きな声で読んでみよう、さようなら」と子供達に告げるのです。これは涙無くしては見られません。生徒達もみんな豪泣していました。私も脱水症状になるかと思うくらい泣きました。
 もう何十年も経つのに、まだせりふも忘れることなく思い出せるんですから、ドラマがいかに人の心を占領するものであるかお分かりになるでしょ? テレビドラマは本当に手軽に、誰でも見る事ができます。大人でも子供でも、誰でもすぐに楽しむ事ができます。ドラマというものによって、人生において一番大事な生き方さえも影響を受けるのです。また、一生の職業につながる可能性だってあるわけです。
 この頃のドラマは作品自体に重みのあるものが少なくなってきているような気がします。人々の心を根底から揺り動かすような作品をどうか作ってくださいと、マスコミの方々にお願いしたいような気がするのです。今の時代こそ心温まるものが必要なのではないでしょうか。
 昔を振り返った時に熱く語れるテレビドラマを、子供達が心に刻み付け、それを心の支えとして生きて行ってほしいと、れいちゃん母さんは思います。
 
2004年12月5日(日)
「ブヒ」と「部費」で大笑い!
 我が家での最近起こった面白い出来事を曝露いたしましょう。
 朝お弁当を作るために早起きをするのが1日のスタートになっているのですが、その日は眠くてちょっとぼーっとしていたれいちゃん。器械的に手を動かし、少し不機嫌といった感じて、手際よく玉子焼き、ウインナーといった具合に弁当箱に詰めるおかずを仕上げていました。
 朝の食事をとり終えた息子が私の後ろに立ち、「母さん、母さん」と呼んでいます。私は忙しい事もあって返事もそこそこに動いていました。息子はさらに続けて何と言ったと思います?
 「母さん、ブヒ、ブヒ、母さん、ブヒ」
と、何度も繰り返すんです。私は、それを3回聞いた頃から気持ちの中がいらいらしてきました。5回目に入りマグマの噴火状態。7回目にはとうとう大爆発。息子に向き直り
 「あんた、この忙しいのにふざけとる場合じゃないでしょう。なにを朝からブヒブヒ言うとるんね。どうせ母さんが豚じゃとでも言いたいんじゃろう。くだらんこと言うとらんとさっさと支度したらどうなんね」
と、すごい勢いでまくし立てました。次の瞬間息子は、「はー?」とびっくり仰天。
 「か、か、母さん何言うとるん。あのねー、部費よ部費、クラブ活動の費用、わかる?部活に必要なお金、意味わかる?」
 あーらまー!そうだったのー。一瞬にして怒りは笑いに変わりました。ほんまおっちょこちょいなら誰にも負けないといえる私であります。それにしても小学生に教えるように、部活のためのお金と説明されると少々情けなく恥ずかしいものですねー。男の子の会話は単語だけのことや、説明不足のことや、そのものをストレートに言う事がありますから、世の中高生をお持ちのお母様、私のような失敗にはくれぐれもお気をつけあそばせね。私みたいな経験のある人は少ないかしら。れいちゃんは笑える母さんを今日もやってまーす。
 
2004年12月3日(金)
フィーバーするのはほどほどに
 韓国ドラマの人気は「冬ソナ」をかわきりに、ますます盛り上がっているようですね。ヨン様の人気も留まるところを知りません。おばさま達のみならず、ヤンママにも人気で、テレビでは赤ちゃんをおぶって人ごみの中を、ヨン様を一目見ようと奮闘するお母様の姿も画面に映し出されています。皆さんもニュースやワイドショーで一度はご覧になった事がおありではないでしょうか。このような事態を嘆く人もいればあきれる人もいらっしゃるし、またおば様達の青春として純粋さがよく分かるというご意見等色々です。
 では今のような現象が前に起きた事があったかと記憶を紐解いてみると、私のふわふわしたいい加減な記憶の中にも少し残っているものがあります。
 例えばグループサウンズ全盛期にはタイガースのジュリーや、テンプターズのショーケンこと萩原健一さん、スパイダースのまちゃあきなどにみんながお熱になり、追っかけあり、失神する人の続出ありということがありました。
 またおば様方がフィーバーなさっていたのは、アランドロン様や、杉さまという事に代表されるでしょう。杉様は杉良太郎さんのことです。遠山の金さんで覚えていらっしゃる方も多いでしょうね。彼の流し目にうっとりとして舞台には相当なおひねりが飛び、今のヨン様のように逢えただけで幸せと、泣かんばかりに感激している人は少なくありませんでした。
 だから私個人的には今起こっているヨン様フィーバーを、特異な異常現象とはとらえていません。ヨン様のためにご主人や子供さんをほったらかしにしてしまうという話も風の便りには聞こえて来るのですが、それも昔からあったことなのです。
 誰かを好きになってファンになって、寝ても覚めてもその人のことを考え、その人に逢ってみたくなる、これは決しておかしいことでも嘆かわしい事でもないと思いますが、その中にルールと自分の身を守る事だけは、心の中でわきまえていてほしいのです。
 たくさんの人が殺到して我を忘れると、注意力も散漫になり大事故が起こりうるのです。現にこの間のヨン様来日の際には怪我人が出てしまいましたよね。自分の命が危険にさらされている事も気がつかないでのめり込む事だけは避けてほしいと切に思います。特に子供さんを連れている人などは、この事によって大切な家族を傷つけるか失うなんて事になれば、楽しかった事が一変して後悔のどん底の日々になるのです。
 「ヨン様を愛する事、おおいに結構ですが、どうかお願いですから冷静に対応なさってください」と申し上げたい。
 最後に一つだけ気になるのと、ちょっぴり情けないと思う事を言って、今日のれいちゃんのひとりごとを閉めたいと思います。「日本の男性俳優、もしくはタレントの皆さん、ヨン様以上の人気を得る人はいないのかー! 頑張れ日本の男性諸君!」
 
2004年12月2日(木
趣味を探そうかな
 三原にいる私の大切なお友達はいつも私と話が合い、お互いの気持ちを共有しては、お酒も飲んでいないのに盛り上がりまくりの話を、長ーい時間でもできる人であります。肝っ玉母さんのようでもあり、細い体にたくさんのパワーを秘めているところには頭が下がります。
 今日その彼女の所へ、愚痴を聞いてもらいに電話をしました。私もたまにはストレスを溜める普通の女にならなければやってられない弱い人間な訳です。いつものように元気パワーをもらった後、彼女が思わぬことを言い始めたのであります
 「私ね、今オカリナを始めてるんよ。これが楽しくてたまらないんよ。手軽に練習でき て暖かい土の音がして、あの音に触れていると涙が出るんよ。ほんと、嬉しくてたまらんのよ」
 私は彼女が素敵な趣味を見つけた事に、喜びと共にちょっぴりうらやましく思いました。色んな事にチャレンジしているきらきらした彼女を見ると、私の気持ちも和みます。私も何か趣味があればいいなーなんて思ったのが本音です。
 音楽を専門にして毎日音楽と関わる私は、一番好きなことがお仕事になっているために、趣味で音楽をする事はなかなか難しいのです。「好きな事で仕事ができる、そんな幸せな生き方はないよ」と、よく人から言って頂くのですが、それはそれで結構つらいものなんですよ。忙しい時間の中でくたくたになってしまう私にとって、自分がふっとリラックスできる趣味は、確かに必要だと思います。彼女がオカリナをみつけたように、あせらずゆっくりと自分のために、何か楽しい趣味を探してみようと思っています。とりあえず今の楽しみは、こうして自分勝手に、あーでもないこうでもないと、ホームページに書き込むれいちゃんのひとりごとかな?
 まあ見ててください。また私も彼女のように、新しいチャレンジをやってのけますよ。その時にはまたご報告します。
 あっ、それかられいちゃんのページを見て、話してみたいなーとか、感想を書きたくてうずうずしておられる方がおありでしたら、どうか遠慮なくお便りしてくださいね。一人でも「読んでるよー」って声があると、れいちゃんは単純な人ですから、ますます嬉しくなって楽しくなって、その声に励まされながら書き続ける事ができます。ほらほら、そこのあなた。一言でも感想を書いてみませんか? その気になったらいつでもどうぞ。このページの上のところにれいちゃん直通のリンクがありますよ。
 
2004年12月1日(水)
賢い主婦にならなくちゃ
 いつも楽しみにしている通販のカタログが届きました。実はれいちゃんは完全に通販にはまっている、いや、惚れ込んでいると言っても決して言い過ぎではありません。
 今日のそのカタログには、何と大々的に北海道フェアーなるものが載せられているではありませんか。わーいわーい。れいちゃんの心はその商品をゲットすべく燃え上がりました。北海道産の毛がに、タラバガニ、おいしそうなじゃがいもにスイートコーン、夕張メロンに銘菓もどっさり。ありとあらゆるものが、れいちゃんに買って買ってとささやきかけるのでありますが、私はそこで、はたと気がついたのでありました。
 もう今日から12月ではないか。ということはクリスマス、お正月と大変なイベントが、行く手に待ち受けている訳で、それを通り抜けなければならないのです。そうなるとお財布はどうなるのかしら。予算は決まっているのですから、それをオーバーなんてできないのが主婦のサガでございます。使う時には豪快に。それは人との仁義のため。自分のためには案外しまりやなれいちゃんでなければ、主婦をやめさせられてしまうのであります。
 噂では不況は少しずつ回復していると聞きますが、まだまだ実感できるところまでには至っていない世の中ですものね。その不安定な中で、みんな一生懸命にやりくりしながら頑張らなければならないのですから。
 もちろん私にもその自覚はある訳です。通販の華やかに飾られた北海道の食べ物たちのページは、今日のところはそっと閉じておくことにしました。明日計算しながら、よーく頭を働かせて、少しだけゲットすることにしましょう。賢い主婦にならなければいけませんからね。
 
2004年11月29日(月)
「相乗り」から教えられた事
 「相乗り」と言うテレビ番組をご存知でしょうか。若者がラブワゴンに乗ってアフリカを旅して、自分の愛する人を見つけるという、まさに私ほどの年齢の人はあまり見ない番組であります。私はその番組をたまたまつけていたところ、大変ショッキングなことに遭遇したのです。
 エチオピアのマザーテレサと呼ばれている人が、飢餓に苦しむ子供達のお世話をしている所に、恋を見つけに来ている若者達が立ち寄る場面です。
 飢餓に苦しみそこに暮らす子供達。別の部屋にはエイズにかかり、その病気と向き合っている子供達。アフリカでもエチオピアは特に飢餓に苦しんでいる地域である事は、あまり知識のない私でさえ知っている事でしたから、これひどいと思っても、やっぱり現実なのだと受け止めながら見入っていました。
 私がショックを受けたのはその事ではなく、なぜエチオピアの人々が飢餓に苦しむようになってしまったかという現実を見せられたからです。
 ある青年は言いました。
「貧乏な境遇の中で避妊をしないために、たくさん子供を作りすぎてこんな事になったのではないでしょうか」
「もちろん、それが無いとは言えない」とマザーは言います。
「でも、本当の理由はあなたたち先進国の人々のアフリカ進出にあるのですよ」という言葉を聴いたとき、雷に打たれたようなショックを受けたのです。
 先進国の人々は、エチオピアに暮らす人々に、「この種を使うと作物が2倍にも3倍にもなります」と話を持ちかけます。そして、それは素晴らしいと共感した地主達は、その種を買い占めます。その種を育てるためにたくさんの人々の手を借りるようみんなを集めます。しかし、この作物を育てるには、より良い農地が必要であると機械を買うことを決意するのです。そうすれば人の手は要らなくなり、来なくても良いと言い渡された人々は職を失い収入が無くなる。そんな人々は先進国の人々のために働くようになります。安い賃金で私達のために働いているのです。
 私はこの現実を知らなかったことを恥ずかしく思いました。その人たちが飢えに苦しみ、必死で支えてくれているその上に、私達が美味しい物を食べ、豊かな生活をしていたなんて。「ごめんなさい、何にも知らなかった私を許してください」と心の中で叫び、涙が止まりませんでした。
 私がもう一つこの事で感じたことがあります。それは、自分にとってこれが幸せなんだと思うものが、他の国の人に限らず、他人にとっての幸せであるかどうかは分からないということです。
 農地開拓を進めた人は、もちろん利益の追求もあったかもしれない。それがアフリカの人々にとっても利益になり、豊かになるとの考えがあったかもしれないでしょう。しかし、彼らにとっての幸せではなかった。つまり文明社会が行っている事をそのまんま押し付けたとしても、国も違い、環境も違い、文化も違う人たちに、同じように幸福をもたらすとは限らない。むしろ、不幸をもたらすことになるという事なのです。
 それは何も異国の地のかけ離れた人々に向いている事ではないような気がするのです。私達は時として、この方法が絶対正しいと思ったら、それを人に押し付けようとしてしまうものなのではないでしょうか。
 前向きに生きていく方がいいんだ、だから元気を出さなければ。でも後向きに過去を振り返りながらでなければ前に踏み出せない人もいる。その人に、自分はこう思うからそうある方が幸せだと、生き方を押し付けても、その人には苦痛になるだけのような気がするのです。
 人と争い合うことは嫌いだと思っている人に、戦うことが人生一番大事なのよと押し付けてみても、それはこちらのエゴなのかもしれません。本当に大切な事は、その人のありのまま、今を尊重してあげて、その人が何をしたいのかを理解してあげる。そして要求が無ければ、自分にとっては納得いかないことでも、見守ってあげる事なのではないかと気付いたのです。
 私にはそれが欠けている。人の幸せを願っていても、そんな配慮に欠けていると反省した次第です。人間としても、まだまだ未熟なれいちゃんであり、まだまだ何も分からないひよっこです。いつも柔軟な心で、色んな事を心のこやしにして、人間磨きをして行こうと思わされた出来事でした。
 
2004年11月28日(日)
家族と過ごす年末
 お久しぶりでーす。れいちゃんのひとりごとをすっかりさぼってしまいまして、このコーナーが好きで好きでたまらない、何千万人というファンの皆様に迷惑をかけてしまって、れいちゃんは申し訳ない気持ちで一杯であります(笑)。
 11月も終わりに近づいて、もうすぐそこに12月が来ていますよ。クリスマスにはどんなふうに過ごそうか、お正月のために大掃除もしなければなどと、気持ちもあわただしくなってきていませんか?
 私は今年こそのんびりとゆとりをもって、暮れの楽しい時間を迎えたいと思っています。家族みんなの笑顔と共に手作りのご馳走を作り、「メリークリスマス」と声をかけて、クリスマスソングに耳を傾ける。家で行う最大のイベントにわくわくするなんてこと、何となくばかばかしいと思う人もいるかもしれませんが、何気ないことでも家族のふれあいとは大事なものだと思うからです。たとえぶすーっとしていても、あんまり会話がなかったとしても、同じ屋根の下で暮らす家族が、一つのテーブルを囲んで時を共有するということは、家族の絆を築く上で大切な事のように思うからです。
 友達と過ごすのも結構、外で優雅なひと時を迎えてはいけないなんて思いません。それとは別に、ほんの少しでも家族みんなで集まる時間を作ってみる。家族崩壊の危機だ、壊れていく家族、という言葉を、この世の中にまんえんさせてしまわないためにも、クリスマス、お正月という時間を与えられたチャンスとして使わない手はないですよ。
 しゃべってくれないし、こっちを向いてくれないと嘆く前に、ちょっと自分で努力してみるというのもいいかもしれません。今まで会話がなければ、よけいになんだか格好つかなくて。それなら何も言わずに、黙々と食べるだけになってもいいじゃないですか。そこに家族が誰も欠けることなく揃っているということが、何にも優る喜びではないでしょうか。その小さな幸せが大きな幸せにつながっていくと思うのです。
 コンサートやレッスンで忙しくなる私。主人も仕事は大忙し、おそらく高校生の息子はテニス部の活動の休みはなしでしょうし、みんなが揃ってどこにも出かけられない日々ですが、みんなが元気でそれぞれの道を歩む事、これこそが自分の喜びなのです。小さな事に感謝できる、そんな気持ちに少しずつ切り替えて行った私の、今の心境であります。
 
2004年8月21日(土)
24時間テレビに「夢」について投稿
 今日は24時間テレビです。今年のテーマ「夢」について投稿してみました。下の内容です。
 
 私は全盲のピアノの教師です。大勢の子供たちの音楽に対する夢を一緒にかなえていくための歩みをすることが私の仕事です。
 音楽は「音を楽しむ」と書きます。アーティストになりたいという夢、ピアニストになって演奏旅行をしたいと言う夢、音楽の持つ不思議な力で人を癒す音楽療法士を目指したいという夢。子供達の夢は様々です。その夢にかかわり共に泣き、共に笑い、夢の実現に向かって日々歩む事ができる私は、本当に恵まれた仕事をしていると思います。
 夢を持つことで優しさが生まれます。夢を持つことで平和がやってきます。夢を持つことであなた自身が変わります。どうか、どんな小さな夢でも大切にしてください。
 最後に私の夢を聞いてください。主人と二人でバンドを組みオリジナル曲を作りコンサート活動をしていますが、どんな境遇の中にいる人達でも私達の音楽で心を一つにする事のできる演奏活動をしていきたいと思っています。時が来て私達の一人息子が共に参加してくれることを夢見ています。
 
 あなたも投稿してみてはいかがですか?
 
2004年6月7日(月)
文字での会話は難しいかな?
 最近事あるごとに聞く言葉は「文字から受け取る事に、コミュニケーションは存在しないのではないか。」 この言葉があっちこっちで声高に叫ばれているのを聞いた事がありますか?
 大きな事件があるたびに、子供達の心の闇は、文字社会やインターネットやバーチャルな世界が生んだ産物だと議論されているのが事実です。
 私は思うのですが、全てそこに持っていくのはあまりにも極論過ぎるのではないかと考えます。
 例えば、自分がメールを書くときに「おはよう、おひさー、元気ー」と顔文字をたっぷり入れてハイな気持ちを伝えたとしますよね。相手から帰ってきたメールが「おはようございます、おかげさまで元気にしております。あなた様もお元気な様子何よりでございます。」と送られてきたとします。これを見た時、あなたならどう感じますか?
 「私はせっかくはしゃいで書いたのに。何よすましちゃって。」と感じる人もいるでしょう。またある人は「えっ?私何か悪い事したっけ、どうしよう、怒らせちゃった。」とも思うでしょう。
 また、ある人は「少し自分より偉いかと思って、あの人私を見下げてるんだわ、こんな人とメールすのやーめた。」 また、ある人は「わー、すごい、なんて真面目で律儀な人なの、こんな心のこもったお便り、見た事なーい。」と思うかもしれません。
 文字が人の心に伝わらないというのは、私は決してそんな事はないと思います。文字の中に潜む心の暖かさを探す力が育っていないのであって、文字のせいではないのです。その手段が面と向かっての会話であろうと、スキンシップであろうと、電話であろうと、受け取る側が何通りにも気持ちを想像する力がなければ、どれも意味を成さないのです。
 想像する心、人の心を理解しようとする心はどうやったら育つのか、というところに目を向けないで、あれがあるからよくない、これのせいだ、という犯人探しをしても何の解決にもなりません。
 ではどうしたらそういう心は育つのか。スキンシップであり、電話であり、はがきであり、人の会話であり、メールであり、インターネットであり、こんなに色々な手段があるのですから、それらをフルに使って人々に語りかけていくという方法を見つけ出せばいいのではないでしょうか。
 まず、全てのの良いところを探して認めたうえで使ってゆくのなら、決して害にばかりなるものではないでしょう。今、人々の心に必要なのは柔軟さと人の立場に立って考えられる想像力だと思うのですが・・・。
 
2004年5月23日(日)
オルゴールの部屋を作るぞ!
 みなさんにお知らせがあります。私は近いうちにオリジナルのオルゴール曲を作り、このホームページに公開することを宣言いたします。すべて自分のイメージにより、ある人の人となりや、自然の情景、喜び、悲しみ、癒しなどを曲に込めて作曲してお届けします。
 なぜ私がオルゴールにこだわるのか。みなさんも箱型の小さいオルゴールを一つは持っていらっしゃるでしょう。澄んだ音の響きと愛らしさの中に、思わず引き込まれていくような魅力を感じたからなのです。スイスなどにある大きなオルゴールは曲も長く音もゴージャス。CDを何枚か買いましたが、それは素晴らしい音色です。
 私はオルゴールを愛していると言っても過言ではありません。着メロのサイトにいって、色々と探しましたが、携帯電話の着メロの場合、そのオルゴールの音を再現すると言うまではまだ至っていないように思います。ごちゃごちゃ文句を言いながら待つよりは、自分で作ることに挑戦する決心をし、まず手始めにオルゴールジングルから作ってみました。それはこのホームページのどこかに、ちょこんと隠れております。さあ、どこかな?どうやったら聞けるのかな?気になるあなた、ちょっとヒントをさしあげましょうね。どこかをクリックするとパスワードを求めるウインドウが開きます。それを見つけられたらメールをくださいね。ただし条件があります。このホームページを見られてどの部屋でもいいですから、あなたの率直な感想を聞かせてね。そしたら教えちゃうよ。
 まだ本当に短い、曲とは言えないようなメール着信用の音しか載せていませんが、こんな音はよそには無いぞと言うものが見つけられますよ。ボーダフォンとAUの方はごめんなさい。私の携帯がドコモなので、ドコモ専用のデータになっています。この楽しみをドコモ以外の人たちとも分かち合いたいので、パソコンで聞けるMIDIデータで公開することに決めたのです。楽しみに待っててね。こうご期待!!
 
2004年5月22日(土)
やったぜ!金玉シールだ
 私はラジオ大すき人間です。朝6時から夕方5時まではつけっぱなしの生活です。
 私のラジオ大好きは今始まった事ではありません。高校生の頃から続いているのです。
 「サテライト bP」「オールナイト日本」「びしびし、ばしばし、らんらんラジオ」・・・・
 受験の邪魔をしていたこともありましたが、ラジオは私の生活と共にありました。しかしこれらに参加することはできません。いつも聞くだけリスナーなのでした。点字でのお便りを受け付けてはくれるのですが、さすがに応募したという話を聞いたことはなく、私も勇気が出ませんでした。
 この年になってIT化が進み、音声読み上げ機能付き携帯たるものが出現し、メールのやり取りができるようになったため、私も参加してみようと思い始めました。
 漢字変換の読み上げはしないため、投稿するメールはひらがなとカタカナのみになります。私は全盲なのでごめんなさいという但し書きを付けるのですが、読まれたときの感激は、もしかしてみなさんのそれとは少し違うかもしれません。
 私のメールを読むためにスタッフならびにパーソナリティーの方が一生懸命なのが伝わってくるからです。ひらがなを読むということは、たどたどしくなったり、言葉をかんでしまったりされることもあるのに、何も言わずに感情移入までして読んでくださるのです。れいちゃんだからそうするのではなく、おそらくどの視力障害者の方のメールでも同じように扱ってくださるでしょう。私はそのことが嬉しくてたまりません。
 「読まれて感激」ではなく、「読まれて感謝」なのです。
 RCCラジオの「ごぜんさまさま」という番組をご存知でしょうか?金曜日のお昼12時頃に「金の格言玉手箱」略して「金玉コーナー」というのがあります。ことわざ、格言、名言などの文字を変えたり、パーソナリティーの名前を入れたり、頓知を聞かせて思わず笑ってしまう別の格言に変えるコーナーです。
 優秀作品に選ばれると、オリジナルの「金玉シール」がもらえるのです。私はこれにも挑戦してみようと思いました。友達に「金玉シールをもらわにゃあ、一人前のリスナーとは言えんよ。」と言われたのがきっかけです。
 ところが、ユーモアのセンスには欠けているらしく、出来の良いのはうかばないのです。最初に投稿した作品は、「無病息災」という言葉がありますが、自分の足の匂いに驚いた人が、靴下をかいで言った格言です。「うひょー、ソックス臭い」
 ねっ、レベル低いでしょう。これでも1週間考えたんですよ。上野アナは、「このコーナーに投稿するのはやめられたほうが・・・」ともちろん冗談で笑いながら言っておられました。
 それを聞くとよけいに燃え上がる性格の私。毎週何個も応募するのですが全てボツ、もしくは笑いの種を振りまいておりました。ところが、21日の金曜日、今日を限りにこのコーナーへの投稿をやめると家族に言ったところ、シールをゲットするまで頑張れと言われ、主人も息子も忙しい朝の時間に一生懸命考えてくれていました。もう一度だけやってみようと思い、投稿した作品が、何と優秀作品に選ばれ、金玉シールをもらうことができました。「ブルータス、お前もか」をもじって、雨の日が続き憂うつになっているとき周りの人も同じ気分に引き込みたいときの格言で「ブルーだぜ!お前もか?」という作品です。あなたも使ってみてはいかがですか?
 何で金玉シールごときに家族そろって必死になるのかと思うと、おかしい気もするのですが、遊びのようなことに一生懸命になれる幸せもあるのだと感じました。このシールは大切にしなくてはと思っています。
 ラジオへの投稿は読まれなくても読まれても、必ず自分の気持ちを受け止めてくださっているものです。自分の気持ちを書いてみたい人、少しブルーな気分の人、多くの人たちに何かを知ってもらいたい人、一度参加して見られてはいかがでしょうか。特に視力障害を持っておられる方、文字を気にしないで人とお便りのやり取りの出来るメールはあなたの世界を広げてくれる一歩かも知れません。覚えてみてはいかがですか?
 
2004年5月19日(水)
天使のくれた贈り物
 私の生徒で小学校2年のYちゃんは、雨にもかかわらず遅刻しないでレッスンにやってきました。
「それじゃあ、始めようかねえ」と私が言うと、「先生ちょっと待って。」と私の方を見ています。
 彼女の小さな手には何かが握られています。「どうしたの?」と私が尋ねると、「この間、においの付いた消しゴムの話したよね。今頃無くなったよねって話したよね。私あれから探したんよ。そしたら見つかってね、これ、先生にあげる。先生の筆箱に入れてくれてもいいし、他のお友達のために使ってくれてもいいよ。先生は見えんけえ、使わんかもしれんけど、おいといたらいいにおいがするから使って。」と手の中の消しゴムを差し出しました。
 その時、なんて素直で優しい子なんだろうと思い、少し疲れていた心を洗い流すような感動で一杯になりました。
 確かにその1週間前、彼女と私は消しゴムの話でめちゃめちゃ盛り上がりました。コーラ、チョコレート、ガム、練り消し。特にチョコレートの消しゴムは色も形も香りもそっくりなので、小さい子供はかなりの割合でかじった経験があるようです。(大人の良い子ちゃんも真似しちゃだめよ)
 「そんな消しゴムは、どこへ行ったのか、見かけなくなったねえ。」と話したのです。彼女の意見は、「そんな危ない物を置くと口に入れることが嫌で、無くなったほうがいいと思ったんかね。」と言っていました。私はなるほどとうなずきました。
 たかが消しゴムと思うかもしれませんが、危ないからという理由で色々な夢や、美しい物や、考える力を育てるものが取り去られたことは否定できないような気もします。これが是か非かの意見はさておき、こんな幼い子が、いやこんな幼い子だからこそ、澄んだ目で深く物事を見ているような気がしました。
 消しゴムを懐かしがる私にもう一度合わせてあげたいという思いから、一生懸命探してくれたことに心からありがとうを言いながら必死に涙をこらえました。
 子供たちが怖い、子供たちが変わったという言葉が飛び交う昨今ですが、決してそうではないと思います。子供たちは澄み切った心を持っています。人々に与えようとする思いやりも持っています。その大切な心から目を離して、この子はこうだと決め付け、自分でシナリオを書き、そこに当てはまらない子は悪い子で、当てはまった子は良い子と区別しているのは私を含めて大人達ではないのでしょうか。
 彼女のくれた消しゴムをまだレッスンのためには使っていません。当分私のデスクに置いて色々なことを見つめ直してみたいと思っている今日この頃です。
 
2004年5月17日(月)
梅雨の走りかいなあ
 バケツをひっくり返したような雨が降ったかと思うと、ひょっこり回復したりなんかして。気温が28度に上がったかと思うと、20度まで急降下。こうなるとれいちゃんちの家族は大変なことになるのです。
 次のような症状に心当たりのある方は、「低気圧苦手友の会」の会員になれます。私たちと一緒にこの苦しみを分かち合い、また安心いたしましょう。
  症状その1:雨が降る一晩前、なぜか体がだるだる。
  症状その2:しばらくすると、頭が重くなり、肩こり、こりこり。
  症状その3:膝・手・首などに傷持つものは、しくしく痛み始める。
  症状その4:なぜか寝つきが悪く、寝たと思えばひょいと目が覚める。
  症状その5:次の日が休みの時は、起きろ!起きろ!起きるんだと、人が言おうが自分で言い聞かせようがただひたすら眠い。
  症状その6:顔では笑っているが、気持ちはブルーになり、ちょっと過激になると、いらいらいらいらし始める。
 このどれかの症状に当てはまる方は、私の気持ちを分かっていただける方であり、私は貴方の一番の理解者であります。
 我が家の家族は共にこの経験を持ち、乗り越えてきたものばかりそろっています。
 ほらほら、これを読んでいるあなた、うんうんとうなずきながら体を乗り出しているんでしょう?
 今日はここまででおしまいですと書いたら、目の前にケーキが出て、食べようと思った途端に取り上げられた気分ですよね。そんなことはしませんよ。少しでもそういう方が楽になれるように、私が試した方法の一部を紹介しましょう。
 まず、首の牽引。上に引っ張ってもらうと頭の重いのが楽になります。
 それでもまだひどい時は、朝昼晩問わずお風呂に入ってみましょう。凝っている部分に熱いシャワーをかけ、ぬるめのお湯にゆっくりつかると、眠れない場合にも効果がありますよ。
 次に、ピッ○エレキバンなどの磁気治療器ならびに皮内鍼を、凝っている部分に貼りまくる。
 さらに、マルチビタミンをいつもより多めに摂る。
 心のいらいらは、ひたすら耐えるか、アロマやハーブをお使いになるのも良いのでは。
 これでもだめなら、梅肉エキスを飲むと疲れが取れるし、血行も良くなるそうですが、唯一つ困るのは、これがまずいのなんの。カプセルタイプや錠剤タイプもありますので、上手に利用してみてはいかがでしょうか。
 これから、梅雨が終わるとつらい夏がやってきます。今から気をつけながら、俄然元気にとはいかないまでも、何とか乗り切る力を蓄えましょう。おっと、運動することもお忘れなく。私は忘れてますが(笑)
 
2004年5月12日(水)
「甘いささやき」って知ってますか?
 朝から出かけて気持ちのいい空気に触れ、すがすがしくリフレッシュして帰ってきたれいちゃんは、いつものお供、ラジオのスイッチを入れ優雅にお食事を始めたのですが、凄いものが聞こえてきました。
「パローレ、パローレ、パローレ、僕はまだ君という恋物語を最後まで読んでいないよ。
 パローレ、パローレ、パローレ、もっとよく見せて。
 パローレ、パローレ、パローレ、君は素敵さ。
などとごちゃごちゃ流れてくるではありませんか。時計を見ても昼の12時前。何度耳をほじっても4分弱の間その調子で続く歌、歌、歌。
 思わず私は「おーい、まだ日は高いよー。」と言ってしまいました。自分で言うのも何なんですが、どちらかというと融通の利かない硬い性格なので、顔は真っ赤、胸はどきどき、このままにしておけんと、すぐラジオにメールで投稿しました。いつもなら誤字脱字のない私なのですが、心の動揺がみんなメールに現れ、大間違いの頓珍漢メール。それでも5分も経たない間に読んでもらいましたが・・・。
 この曲の正体は、中村明子唄、細川俊之語りの「甘いささやき」という歌だそうです。れいちゃも一応ミュージシャンの端くれですが、コンサートで歌ってくれと言われたら、おかしくて、くすぐったくて、その場から逃げ出したくなるでしょう。
 とにかく主人には一度聞かせます。ご存知でない方、刺激を求めておられる方は一度聞いてみてください。
 使用上の注意:聞くときには子供さんの耳の届かないところで、窓を閉めてお聞きましょう。
 
2004年5月8日(土)
生徒が弾いてきた「エースをねらえ」
 どんな曲でもアレンジして楽譜にすることのできるれいちゃんは、生徒達に一般的なピアノ教材を与えるほか、生徒の希望の曲を弾いてもらうことにしています。
 先日一人の生徒に「何を弾きたい?」と聞いたところ、「エースをねらえ、アレンジは昔懐かしい方でお願いします。」という答えが帰ってきました。
 このぐらいのことならお茶の子さいさい。30分もかかったでしょうか。ピアノ楽譜一丁上がり。
 それを渡したところ、一生懸命練習して今日弾いてきてくれたんです。難しいところは「サーブ、スマッシュ、ボレー・・・」の伴奏です。リズムが取りにくいため、なかなか弾けない彼女。れいちゃん先生は知恵を絞り、一休さんをして考えました。「ポクポクポクポク、チーン!」ひらめきましたよ。そうだ、口三味線だ。
 「サーブ、ジャン、スマッシュ、ジャン、ボレー、ジャーンジャジャンジャン、ベストを尽くせ、パーラッパッパー・・・」と二人で20分言い続けました。おかげで彼女はかーんぺき!
 私も子供みたいだけど、とっても嬉しかったです。「先生、忘れたらいけんけえ、家に帰るまで言い続けながら帰るわ。」と言う言葉に思わず大声で笑ってしまった私です。
 ピアノに限らず何かを子供達に教える時、何で分からないのと一面からこだわって攻めるのではなく、教える側が頭をやわらかくして、時にはプライドを捨て馬鹿になってお互いに分かろうとする時に、すごい喜びを手にすることができますよ。
 いらいら、かっかする虫がのぞいたら、あなたも一休さんをしてみてはいかがでしょうか。
 「ポクポクポクポク、チーン!」
 
2004年5月7日(金)
ちょっとつっこみたくなる出来事
 スポーツ観戦は全て大好きな私。これでも野球のルールは詳しいんですよ。
 実はラジオの放送を聞いていてちょっと引っかかることがあるんです。
 RCCではないのですが、5日水曜日の巨人、横浜戦でのできごとです。巨人のバッターがファールボールを打ち上げ、すぐに切れているため、観客の歓声はおさまっているにもかかわらず、アナウンサーが「大きい!大きい!」と絶叫し、何秒か引き伸ばした後「ファールボール」と言いました。分かります?惜しくも何ともない球ですよ。私は「あれ?」と思いました。
 しばらくして、同じようなファールボールを横浜の選手が打ったのですが、その時アナウンサーは何と言ったと思います? 「あー、これはだめ。大きく切れてファール!」
 この間も書きましたとおり、正義感が強く感受性の高いれいちゃんだと言うことは覚えていらっしゃいますよね。それまで座って聞いていたのが、ガクっと崩れ落ち、家の畳を叩きながら「けしからん!何でチームによって対応が違うのよ!見ていない私でさえお客さんの反応と歓声で分かるのに、いったい何やってんのよー!」と一喝。
 ほんま、それはないじゃろうと思いません?アナウンサーも人間でひいきのチームがあって当然。それをごちゃごちゃ言うほどれいちゃんは子供じゃないよ。でも、ひとたびマイクを握ったら、こんなど素人の私が分かるようなひいきは、しないほうがいいんじゃないかな、と思いました。
 これを主人にそのまんまぶつけるのですから、主人も大変だとは思うのですが、私の突っ込み人生、まだまだ続きまっせー!間違ってることには「喝!!!」
 ホームページに遊びに来てくださる方は、あんまりマジになって悩まないでくださいよ。おもしろおかしく、れいちゃんの人となりを見てもらえたら嬉しいです。感想があったら遠慮なくどうぞ。
 
2004年5月5日(水)
子供の日に思うこと
 降り続いた雨もあがり、さわやかな子供の日がやってきました。
 フラワーに参加する子供たちにとっては、ほんとうに良かったですね。お父さん、お母さんの、子供たちの幸せを願う気持ちをのせて、鯉のぼりも空高くゆうゆうと泳いでいます。未来をになう子供たちが、強くたくましく成長してくれることを、小さな存在の私も、願わずにはいられない朝でした。
 子供たちよ、あなたは宝物。子供たちの上に、幸多かれ。
 
2004年5月4日(火)
くーちゃんは本当にモルモット?
   
 我が家の家族にプラスワン、モルモットのくーちゃん(2才半)がいます。くーちゃんというのは本名ではありません。「くりん」というのが正しい名前です。我が家の人々はこのくーちゃんを溺愛しています(私を除いては)。みんながそうするのも無理はない訳ありのモルモットなのです。
 くーちゃんをお店で見つけたときには、手のひらサイズの生まれて間もない赤ちゃんでした。我が家に来て2週間後に、歩く姿に異常を見つけたのは息子でした。足をつくたびに痛そうなしぐさを見せるので、病院に連れて行ってみると、ウイルス性の関節炎であることが分かりました。薬を飲んで一度治っても、またあっちこっちに痛みが出てくるということでした。
 私はショックでした。まだ生まれて間もない小さな命なのに、何とか助けてやれないものかと思いました。先生のおっしゃるとおり、右前足が治れば左後ろ足が感染する。それが治ったと思えば右後ろ足に感染する。私は毎日のように夏の暑さの中を病院に連れて行きました。 「どんなことをしても助けましょう」と言ってくれた獣医の先生に頭が下がりました。
 奇跡は起こったのです。家族の願いが天に届いたのでしょうか。1ヶ月経ち、エサもたくさん食べ日に日に大きくなっていくくーちゃん。いつ病気が出るのだろうという恐怖がなかったかのように、再発することはありませんでした。
 くーちゃんが普通に歩くことがあの時の病気を思い出すと、私たち家族の大きな喜びに伝がっています。小動物は助けるのが難しいので、そのために平均寿命が短く、かわいそうな現実があります。それを私たち家族と同じ気持ちで助けてくださった獣医の先生には心から感謝しています。
 あれから2年、くーちゃんはどうなっていると思います?
 朝起きるとみんなが起きて来るまでしおらしく待つ。物音がしたと同時に大きな声でキーキーと鳴き始めエサの催促です。大好物はレタス。モルモットフードと干草だけではどうもだめ。レタスをあげないと後ろ足で立ち上がり、さらにキーキー騒ぎ立てます。
 私たちが家族団らんをしていると、その会話の中にまるで自分の入っているかのように、クッククックと鳴き始めます。1日1度はケージから出て父さんか息子の横で添い寝。なでながら話しかけると、かわいくお返事。「さあ、お帰り」といっても自分の気が向かないと決してケージには帰りません。
 今まで粗相をしたことのないくーちゃんなのに、先日私の横で添い寝した時、何となく生暖かいものを感じ、ふと自分の服を見ると濡れているではありませんか。あろうことかこのれいちゃんにですよ、たっぷりおしっこをひっかけてくれました。
 それからは、畳の上には出入り禁止令が発令されました。たぶん彼はもう自分をモルモットだと思っていないでしょう。私たちも彼をモルモットだとは思っていません。愛らしい表情で私たちを見つめ私たちを癒し、共に生きている大切な家族の一員であります。
 
2004年5月3日(月)
やきそばと、おもしろい友達
 今朝早くピンポーン、ピンポーンとチャイムの音が、我が家へ来客のお知らせ。パパさんとれいちゃんの共通の友達が久しぶりにやって来たのであります。
 ここで彼の人となりを少し紹介しましょう。
 風貌はどちらかと言うと大男、何十年来付き合っているのですが、礼儀正しい敬語はいつまでも変わることはありません。ベースを弾かせたら天下一品。腹話術はどこでご披露しても恥ずかしくない腕前。その上に趣味が多彩と来たもんで、尺八・ケーナ・バンジョー・オセロの大会に出場、のこぎりの演奏(横山ホットブラザーズの「オマエハアホカ」もできるよ)と、やりだしたら何でもこなせるタイプの人であります。
 性格もとても良いのです。おっと、書き忘れましたが彼も全盲ですよ。
 久しぶりに来たのですから、もちろん会話は弾み笑い満載の一時でした。
 彼の持ってきたお土産は、「あしたのジョー」のDVD(私は「エースをねらえ」がよかったなあ)。たまにしか顔を合わせないのだからご馳走をしてあげようと思ったのに、なぜか彼の要求してくるのはいつ来ても「やきそば」なのです。他に食べ物はあるよというのですがそれでも「やきそば」と言います。
 私は心の中でひそかに疑っています。もしかすると、犬はドッグフード、猫はキャットフード、ポパイはほうれん草と言うように、やきそばしか食べていないのか・・・、と。
 この一風変わった彼を私は将来、私たちの音楽活動にもう一度引き入れることを密かにたくらんでいるのであります。それだけの才能を眠らせておくのはもったいないと思うからなのです。
 
2004年5月2日(日)
アボンリーへの道を見て感動 「NHK教育テレビ」(土曜深夜 24:40〜3:50)
 私、今このドラマにはまっちゃってるんだよね。美しくかつ厳しい自然の中で暮らす、ごく普通の人々の心のふれあいを描いた作品なんだけど、一度見始めると、ぐーすかぴーになる睡魔さえ忘れるドラマです。
 私が何に感動したかって?
 一人の男の子の言った言葉に震えるほど感動したのですよ。
 「人間は誰でも荷物を背負って必死に生きている。その荷物を背負いすぎると背負ってあげた人を弱くすることもある。」
 私たちはつらい時、苦しい時、「助けてー!」と誰かに言いたくなるのが当たり前ですよね。自分に余裕があるなら、人としてその人を救いたいと言う気持ちになることも多いと思います。助けられる人はいつも助けられる側に回り、助ける人はいつも助ける側に回る。そうなれば助けられる側の人は、自分の力で立ち上がろうとする思いがだんだん低くなっていくんだなーと気付かされたのです。
 これは人事ではありません。お説教でもない。私自身がそうなのです。私の家族は私が何か要求すれば何でも手伝ってくれます。特に私が体調を崩してからは、献身的と思われるほどよくやってくれます。
 最初はありがたいなあ、いつか元気になったら頑張るぞ。しばらくすると、ちょっと元気になって来たぞ、でもこのままの方が心地いいなあ。それがしばらく高じると、「なんでやってくれんのん、ちゃんとしてーや」と文句付であごで使うようになる。こうなれば人に頼り過ぎの重症です。
 さっきの一言が私のおごりの全てを打ち砕きました。仕事をし母をやり、子供たちの悩みに向き合い、コンサートをし、一杯一杯ではあるのですが、5月2日日曜日、これを境に少しずつではありますが、何事も自分の力でやる努力をしようと決心したれいちゃんです。
 
2004年5月2日(日) ごあいさつ
今日から日記をつけることにしました
 みなさん、れいちゃんのひとりごとのお部屋にようこそ。私は人一倍感受性が高く喜怒哀楽の激しい人なので、いつも色々なことに感動したり、悲しくって泣いたり、怒り心頭になったりと大忙しなのです。
 この日記を通して皆さんに私の思いを伝えることで、私自身の気持ちの整理をしたり、新しいコミュニケーションが生まれたりすれば楽しいかなって思います。
 どなたかが、私のひとりごとに付き合ってくださり、「そうよ、そのとおりよ」とか、「いやいや、そうじゃないでしょう」などと、感想を寄せてくだされば、とっても嬉しく思います。
 毎日書けるかどうかは分かりませんが、続けて行きたいと思います。どうぞ、お付き合いくださいね。